(Decca/London)
total time: 46:39
Music Composed and Conducted by
Bernard Herrmann
London Philharmonic Orchestra
Recorded by 1968 Dec. London
US盤CDは、ミクロス・ローザ「白い恐怖」(スタンリー・ブラック指揮ロンドン・フェスティバル・オーケストラ)、「ヒッチコック劇場のテーマ=マリオネットの行進曲」(オーケストラ・オブ・ザ・ロイヤル・オペラ・ハウス)を併録
英国のレコード会社Decca(London)が開発したマルチトラック・レコーディング・システム(Phase4)によって録音された、バーナード・ハーマン自作自演による「アルフレッド・ヒッチコック作品集」。
『引き裂かれたカーテン』をめぐるトラブルで映画音楽の作曲と決別したハーマンは、イギリスに渡り、指揮者として再出発します。シベリウス、ドビュッシー、ショスタコービッチなど、20世紀を代表する作曲家たちの作品を採り上げる一方で、ハーマンは自作の映画音楽をコンサート用組曲としてまとめ、順次レコーディングしました。その第1弾が「ヒッチコック作品集」です。
演奏はロンドン・フィルハーモニック・オーケストラ(『スター・ウォーズ』のサウンドトラック録音で有名なロンドン・シンフォニー・オーケストラとは異なる)。
現在のデジタル録音と比べれば若干レンジが狭く繊細さに欠けますが、図太くとらえられた音像は迫力があり、ハーマンが理想とした「映画音楽の音」が実現されています。
作曲、演奏、録音の三拍子が揃った名盤といえるでしょう。
『サイコ』
原題:Psycho 1960年
ロバート・ブロック原作による異常心理を扱ったスリラーを、サスペンス映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコックが映画化。
脚本は『黒い蘭』(58)、『六年目の疑惑』(61)のジョゼフ・ステファノ(本職は作曲家)。撮影はテレビ映画『ヒッチコック劇場』のジョン・L・ラッセルJr。タイトル・デザインをヒッチコック映画の常連デザイナー、ソール・バスが担当。
(原作の元ネタとなったエド・ゲイン事件は、トビー・フーパー監督が『悪魔のいけにえ』として1974年に映画化)
出演は、会社から預かった大金を横領して愛人の元へと逃避行する女・マリオンにジャネット・リー、その愛人・サムにジョン・ギャビン、保険会社から派遣された探偵・アーボガストにマーティン・バルサム、行方不明となった姉を捜すマリオンの妹にヴェラ・マイルズ、事件の舞台となるモーテルの経営者にアンソニー・パーキンス。
ストーリーの前半と後半の主人公が入れ替わる斬新な構成、上映開始後の入場者を制限した衝撃のラスト・シーンが話題となり、ヒッチコック作品としては最大のヒットを記録しました。(日本では1960年9月に公開され、配収1億512万を稼ぎ、1960年度興行成績第10位)
当初、ヒッチコックはこの映画を、テレビ『ヒッチコック劇場』の拡大版程度の低予算映画としか考えていませんでした。モノクローム、スタンダード・フィルム(上映の際に上下をマスクしてビスタサイズに変更)、スタッフは『ヒッチコック劇場』のクルーを中心に(テレビ並の)短期間で製作。撮影後、この映画を失敗作と感じていたヒッチコックは、テレビ用に短縮再編集することさえ考えていました。(撮影にはカラー・フィルムが用いられ、ヒッチコックの自宅倉庫にはカラー版の『サイコ』が存在するという噂もあり)
バーナード・ハーマンはヒッチコックとの打ち合わせで、モノクローム映画にはモノトーンの音楽がふさわしいとして、弦楽器のみを用いた斬新なサウンドを提案。
ソール・バスがデザインしたスタイリッシュなメインタイトルから、弦楽器群による緊迫感あふれる演奏を展開させ、まだ何も始まっていないのにテンションばかりが異常に高まるという劇的な効果を観客に与えています。
レコードに収められた『サイコ』組曲は、「A narrative for orchestra」と副題が付けられており、ストーリーの進行に沿った順序で音楽が並べられています。
前述したソール・バスのメインタイトルから、マリオンと愛人のいる安ホテルの一室にキャメラがズーム・イン。貧しさゆえに遠距離恋愛を強いられているマリオンの憂鬱。
会社から預かった大金を持って自動車を運転するマリオン。深夜の逃避行、豪雨のハイウェイ。せわしなく左右する車のワイパー。すれ違う車のヘッドライト。主幹道路から外れた通りに、さびれたモーテルを発見するマリオン。この一連のシークエンスは、メインタイトルの音楽が繰り返し用いられ、観客は、大金を横領したマリオンの心理と同化した緊張感を味わうことになります。
繊細な神経を持つ青年・ベイツが経営するモーテルに着いたときから、先ほどまでの緊張感を煽る主題はピタリとなくなり、時代から取り残された古びたモーテルを描写する主題が、不気味に、ゆっくりと奏で始められます。ベイツの部屋に飾られた猛禽類の剥製、覗き穴。そして……
(『サイコ』の音楽を語るとき必ず話題となる)神経を逆撫でするヴァイオリンの高域音、殺人のモチーフ。アイディアは斬新ですが、音楽だけ切り離して聴いても面白くありません。映像との組み合わせで用いられた、効果音的音楽です。このモチーフは、ベイツの自宅に侵入した探偵が襲われる場面でも、再び用いられています。
殺人現場の後処理、死体を車のトランクに隠し、沼に沈めるベイツ。
低域弦楽器(コントラバス)で奏でられる不気味で力強いサウンドは、映画音楽デビュー作『市民ケーン』(1941)から遺作の『タクシー・ドライバー』(1976)まで、ハーマンが一貫して用いてきた、精神的怪物のテーマ。この主題はベイツのテーマであり、ラストシーンではベイツの母親のテーマへと発展して「A narrative for orchestra」は幕を閉じます。
『サイコ』のフル・スコアは、ハーマン自らナショナル・フィルを指揮したUnicorn盤(1975年録音・39トラック・58分)と、ジョエル・マクニーリィ指揮ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル・オーケストラによるVarese盤(1996年録音・40トラック・61分)の2種類がリリースされていますが、音質は20bitデジタル録音のVarese盤が優れています。
他にサウンドトラック音源の海賊盤も存在しますが、ここでは言及しません。
『マーニー』
原題:Marnie 1964年
ウインストン・グラハムの原作を、『ミス・ブロディの青春』(69)、『ファニー・レディ』(75)のジェイ・プレッソン・アレンが脚色。撮影は『ハリーの災難』(55)、『めまい』(58)、『鳥』(63)などヒッチコック作品常連のロバート・バークス。
出演は、盗癖のある謎の女・マーニーに『鳥』のティッピー・ヘドレン、マーニーを更正させようとする会社社長に『007』シリーズのショーン・コネリー。
日本公開は1964年8月。リバイバル公開時に『マーニー/赤い恐怖』と改題されました。
就職先の金庫から金を盗み出すマーニー。その悪癖を知りながら女の美しさに惹かれてゆく社長のマーク。幼児期に遭遇した恐怖心がトラウマとなりセックスを拒否するようになった女の異常心理に、ハーマンがとった音楽的アプローチは、初期のゴチック・ロマン『ジェーン・エア』(43年・原作エミリー・ブロンテ)の流れをくむ、ゴージャスで時代がかった過度のロマンティシズムでした。
主要なモチーフを10分間の組曲にまとめた演奏には、泰西名画の如き風格が漂っています。
この作品のフル・スコア演奏は、ジョエル・マクニーリィ指揮ロイヤル・スコテッシュ・ナショナル・オーケストラによる(41トラック・50分)が、Vareseからリリースされました。
『北北西に進路を取れ』
原題:North by Northwest 1959年
アルフレッド・ヒッチコックが得意とする巻き込まれ型サスペンス大作。1942年に製作した『逃走迷路』の拡大再生産版。タイトル「North by Northwest」は、シェイクスピアの戯曲『ハムレット』のセリフ「I am but mad north-by north-west」から取られています。
脚本は『ウエスト・サイド物語』(61)、『バージニア・ウルフなんかこわくない』(66)のアーネスト・リーマン。撮影はヒッチコック映画常連のロバート・バークス。タイトル・デザインをソール・バスが担当。
出演は、人違いから事件に巻き込まれる主人公に『泥棒成金』(55)のケーリー・グラント、主人公に接近する謎の女に『波止場』(54)のエヴァ・マリー・セイント、主人公の命を狙う組織のボスに『スタア誕生』(54)のジェームズ・メイスン。
クライマックスのラッシュモア山の場面はロケで撮影する予定でしたが、映画で描かれる暴力を理由に許可がおりず、セットを用いての撮影となりました。
日本公開は1959年9月。
アルバムに収録されているのは、ソール・バスのデザインによるメインタイトルに付けられた3分間のテーマ曲。
弦楽器、管楽器、打楽器が躍動的に交錯し、上映開始直後から、観客は期待を煽れ、興奮させられます。
『めまい』
原題:Vertigo 1958年
アンリ=ジョルジュ・クルーゾーの『悪魔のような女』に嫉妬したヒッチコックが、同じ原作者(ピエール・ボアローとトーマス・ナルスジャック)の『死者の中から』を映画化。
脚本は何度も練り直され、最終的に『男の城』(54)のアレック・コペルと『麗しのサブリナ』(54)のサム・テイラーの共同脚色となりました。(二人の前に脚本を依頼されていた『西部戦線異状なし』(30)、『キーラーゴ』(48)のマックスウェル・アンダーソンは、タイトルにクレジットされていない)
撮影はヒッチコック作品常連のロバート・バークス。タイトル・デザインはソール・バス。
出演は、高所恐怖症の元刑事に『知りすぎていた男』(56)のジェームズ・スチュアート、主人公を翻弄する謎の女に『黄金の腕』(55)のキム・ノヴァク、主人公の女友達に『五つの銅貨』(59)のバーバラ・ベル・ゲデス、替え玉殺人を偽装する男に『バラの肌着』(57)のトム・ヘルモア。
ニューロティックな題材を扱い悲劇的な結末で幕を降ろす『めまい』は、公開当時は評価を得られず、興行的にも失敗作とされていましたが、現在では最もヒッチコックの特質が顕れた作品として認知されているようです。
日本公開は1958年10月。映像とサウンドをデジタル技術を用いて修復したヴァージョンが、1996年に再公開されて話題となりました。
レコードに収められた10分半の組曲は、ソール・バスによる幻惑のメインタイトルに付けられた「Prelude」、女の自殺を阻止することができなかった主人公が悩まされる悪夢「Nightmare」、街で出会った女に死んだ女性のイメージをダブらせ改造してゆく、異常なシークェンスをモンタージュした「Scence d'amour」の3曲によって構成されています。
螺旋状にリフレインされるストリングスと衝撃的なブラスの響きが高所恐怖症の不安感を煽る「Prelude」、カスタネットをアクセントに使ったスペイン舞曲風の「Nightmare」を経て、ハーマン音楽の白眉ともいえる名曲「Scence d'amour」が演奏されます。官能的なサウンドはベルグやシェーンベルクの流れを汲み、扇情的に盛り上がる後半は、ベルリオーズの「幻想交響曲」の如き甘美な美しさ。「めまい」を起こしそうなほどクラクラしてします。
『めまい』は、バーナード・ハーマンの最高傑作であるばかりでなく、映画音楽史上に燦然と輝く名作であり、20世紀に作られたあらゆる音楽のなかでもトップに位置する文化遺産です。
映画が公開された1958年に、(当時としては珍しく)Mercuryレーベルからサウンドトラック盤(LP)がリリースされています。ミューア・マシーソン指揮シンフォニア・オブ・ロンドンによる演奏盤(7トラック・34分)で、正確にはオリジナル・スコア盤ですが、長い間これがサントラ盤として認知されていました。米国でも廃盤になって久しく、ファン垂涎の幻のLPでしたが、国内プレス盤が「フォノグラム・オリジナル・サウンドトラック・シリーズ」の1枚として、1977年3月にリリースされました。ライナーノートは柳生すみまろ氏。ハーマンの映画音楽を渇望していた俺は、映画雑誌「スクリーン」で紹介記事を読むとレコード店に日参し、レコードが店頭に置かれるのを待ちこがれていました。
正確な意味でのサウンドトラック盤は、映画のデジタル修復版が公開された1996年に、Varese Sarabandeよりリリースされました(16トラック・64分)。
Varese Sarabandeからは、ジョエル・マクニーリィ指揮ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル・オーケストラによる1995年の新録音盤(14トラック・63分)もリリースされています。演奏はサントラ盤と比べても遜色なく、最新のデジタル録音だけに音質もクリアです(1997年度Gramophone Award受賞)。どちらか1枚という方には、こちらの新録音盤をお薦めします。
『ハリーの災難』
原題:The Trouble with Harry 1955年
ジャック・トレヴァー・ストーリー原作による、ハリーという男の死体をめぐって繰り広げられるスリラー喜劇。
脚色は『泥棒成金』(55)のジョン・マイケル・ヘイス、撮影は『裏窓』(54)のロバート・バークス、いずれもヒッチコック作品でお馴染みのスタッフ。
出演は、ハリーの別れた奥さん・ジェニファーに映画初出演のシャーリー・マクレーン、その息子で死体の第一発見者にジェリー・マシューズ、ハリーを銃殺したと思いこむ老船長に『放射能X』(54)のエドモンド・グェン、ハリーをハイヒールの踵で撲殺したと勘違いしている婦人に『黄色いリボン』(49)のミルドレッド・ナットウィック、ジェニファーに想いをよせる貧乏画家に『ブラボー砦の脱出』(53)のジョン・フォーサイス。
日本公開は1956年2月。
紅葉が美しいヴァーモント州の田舎に転がる男の死体。チャーミングなシャーリー・マクレーン。心優しき住人たちが右往左往するだけの、長閑なストーリー。ヒッチコックのユーモア・センスが遺憾なく発揮された異色作。そして……
約10年間続いた、バーナード・ハーマンとヒッチコックによる共同作業の、最初のコラボレーション。ハーマンはコンサート用に編曲した8分の組曲に、「ヒッチの肖像 A portrait of 'Hitch'」とタイトルを付けました。
死体をめぐる珍騒動と、紅葉が美しい牧歌的風景描写。ハーマンが提供した音楽は大きく分けて二つですが、細かいモチーフがタペストリーのように織り込まれていて鮮やかです。
ファゴットやオーボエなどの木管楽器、金管楽器、打楽器、弦楽器が、ときに不気味に、ときに優しくユーモラスに、それぞれ多彩な表情をみせてくれます。ちょっとづつ顔を出すそれぞれの楽器に、映画の登場人物のような親しみがあり、ときおり顔をだすトロンボーンやホルンのコケオドシにも、ワッ!と脅かしたあとでアッカンベするような稚気が感じられます。小学校の音楽授業で「この音はこの楽器ですよ」みたいな教材にしてもよさそうな、カラフルな組曲です。
『ハリーの災難』の音楽は、ここでの組曲が唯一のものでしたが、Varese Sarabandeが1998年に、ジョエル・マクニーリィ指揮ロイヤル・スコティシュ・ナショナル・オーケストラによるフル・スコア盤をリリースしました。キュー毎に分割されたトラックが、映画の流れにそった順に並べられていますが、曲間のブランクは長短を配慮してあるので、意外と聴きやすくなっています(40トラック・41分)。組曲だけでは物足りないという方にお薦めです。
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