1992年にデジタル録音されたバーナード・ハーマンの作品集。
演奏はエルマー・バーンステイン指揮ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラ。

『市民ケーン』組曲
この映画のコンサート組曲は、ハーマン自身が編纂した５曲からなる「ウェルズ・ライズ・ケーン」と、チャールズ・ゲルハルト指揮によりＲＣＡ「クラシック・フィルム・スコア」シリーズに録音されたものがあったが、このＣＤに収録されている組曲はそのどちらでもない。
「Prelude」と「Finale」はゲルハルト盤と同じく荒廃した屋敷で絶命するケーンの描写、「The Inquirer (Polka) 」は「ウェルズ・ライズ・ケーン」の「Overture」と同じ曲、そしてエンドタイトルのあとに加えられた出演者紹介部分（カーテンコール）のバックで流れた「End Cast」の４曲で構成されている。
先に録音された演奏と比較するとかなり温厚。楷書的な演奏といえる。

『悪魔の金』
収録されている「The Devil's Concerto」は、ヴァイオリン・アンサンブルだけで演奏される短い曲。
ハーマンの組曲には入っておらず、先の『市民ケーン』組曲の「End Cast」同様、この曲はこのＣＤでしか聴くことができない。

『知りすぎていた男』より カンタータ「ストーム・クラウド」
『知りすぎていた男』のクライマックス、暗殺計画が実行されるコンサートホールで演奏されていたアーサー・ベンジャミン作曲のカンタータ。
映画のなかではハーマン自ら指揮台に立ち演奏（出演）していた。曲の終わりのほうでシンバルが鳴るが、これがライフルの引金を引くタイミングになっていて、クライマックスのサスペンスを盛り上げていた。

『サイコ』組曲
これは「酷い」と、貶すほどではないが、酷い。
ぴりぴりした緊張感で聴かせる「Prelude」がユルい。神経を逆撫でするアタックが執拗に反復する「The Murder」はテンポを（これ以上落としたら別の曲になっちゃうほどに）落としてユルユル。低域のオドロオドロしさが凄味の「Finale」も中途半端。
演奏が下手なわけではない。解釈の相違によるもの。

『間違えられた男』
1956年のアルフレッド・ヒッチコック作品。この映画の音楽は、ここに収録されたものしか音盤化されていない。貴重な演奏と言える。
軽快なラテンのリズムにのって、金管と木管が楽しそうにはしゃいでいる。

『めまい』
街で見掛けた見ず知らずの女を銭で縛り、死んだ女と瓜二つの外見に改造する、そんな異常心理を描いた「Scene d'Amour」は、ハーマンのベスト・スコアのひとつ。
これもテンポを落とした演奏だが、間の取り方が絶妙で、『サイコ』組曲とは逆に凛とした美しさの名演となった。

『北北西に進路を取れ』
ソール・バスがデザインした躍動的なタイトルバックに流れる「Prelude」を収録。
打楽器群はもっと前に出て活躍して欲しかった。優等生っぽい演奏で面白味はない。

『黒衣の花嫁』組曲
フランソワ・トリュフォー監督による1967年度作品。
以前ＵＡレーベルから『The Twisted Nerve（日本未公開）』とのカップリングで、４曲が音盤化（ＬＰ）されていた。ＣＤは未発売。
今回の演奏はクリストファー・パルマーが編曲構成した組曲で、「ミュージカル・シナリオ - a musical scenario」と名付けられ、映画の進行に沿って曲が並べられている。
最初と終わりのほうに、メンデルスゾーンの「夏の夜の夢 - 結婚行進曲」からのメロディが入っているが、ハーマンが他の作曲家の引用することは、とても珍しい。

『華氏４５１』
書物が禁止され、書籍は当局に発見され次第焼き捨てられてしまう時代。
「The Book People」は、本の内容をすべて暗記し、あとの世代に語り継いでゆこうとしている人々を淡々と描いたラストシーンに流れていた静謐な曲。
『めまい』と並んでこのＣＤの白眉と呼べる名演。

『タクシー・ドライバー』組曲
映画公開時にアリスタ・レーベルよりリリースされたサウンドトラック盤（ＬＰ）は、デイヴ・ブルームによってポップにアレンジされた曲を再録音したものだったので、ハーマンのレコードとしては違和感があった（サウンドトラック音源の録音は、アリスタ・レーベルが1996年にＣＤ化している）。
今回はクリストファー・パルマーが主要なテーマを再構成した組曲を収録。
「アルト・サックスとオーケストラのための協奏曲」といった趣の演奏となっている。

ロイヤル・フィルの優美な演奏を活かすためか、録音の音量は抑えめになっている。
この楽団の演奏はややもするとムードに流されがちだが、凶暴＆粗野なハーマン＝バーンステイン相手ということもあって、ホーム・クラシックのときのような、ヌルい演奏ではない。ただ楽器の個性をカラフルに表出するハーマンの音楽に合っているオーケストラとは言い難く、中庸な印象のアルバムになったのは残念。
マイルドなストリングス・アンサンブルは定評があり、『めまい』や『華氏４５１』など上品に奏でられるメロディを聴くと、録音された意義は大きい。

このＣＤでしか聴けない楽曲も網羅され、ボーナス・トラックとして収録されている「Bernard Herrmann on Film Music」（バーナード・ハーマンが映画音楽について語っている）も貴重な資料となっている。