ハンフリー・ボガート
Humphrey Bogart (1899-1957)
1940年。
当時フランス領だったモロッコで酒場を経営していたリックのところへ、アメリカ亡命の援助を求めて、反ナチス運動の指導者が訪ねてきた。その男と一緒に現れた指導者の妻は、リックがかつてパリで暮らしていた頃、恋仲だった女性のイルザだった。
忘れ去ったはずの過去が、リックの脳裏に鮮やかによみがえる。
「サム、もう一度弾いてくれ……」
フランス時代からの相棒、黒人ピアニストのサムが、リックのリクエストに応えて弾いた思い出の曲は、「As Time Goes By」だった。
ハンフリー・ボガート、1899年、ニューヨーク生まれ。
決して二枚目とは言えないそのルックスから、デビュー以来、ギャングなどの悪役ばかりを演じてきた。そんな彼が「ボギー」という愛称で今なお伝説のスターとして語り継がれる転機となった作品が、1942年、第二次世界大戦中に製作された映画『カサブランカ』だった。
洗練された洋服の着こなし、スマートで貫禄のある身のこなし、冷静沈着な表情、時折見せる皮肉な目線。スクリーンの中で彼が演じたヒーローは、典型的なタフガイのイメージを観客に植えつけた。
ハードボイルド・ファンに訊いてみるがいい、最もタフな私立探偵を演じた役者は誰だったかと。
おそらく全員がボガートの名前を挙げるに違いない。
『カサブランカ』のラストシーンで、酒場の経営者リックは、反ナチス運動の指導者とイルザを飛行機に乗せる。
リスボンに向かって飛び立つ飛行機。見送るボギー……その抑えに抑えた感情表現には、本物のダンディズムが漂っていた。
男が惚れる男の理想像、それがボギー、その人だった。
1957年、ハンフリー・ボガートが他界したとき、映画監督ジョン・ヒューストンは語っている。
「いつもボギーを主役に考えて映画を作ってきた。彼がいなくなってしまった今、私は誰の映画を作ったらいいのだ? 彼の代わりなんて何処にもいやしないのに」
今宵も、ボギーの思い出に乾杯!