site-logo miscellaneous/カバー・アルバムの思い出
映画音楽作曲家

オムニバス・アルバムの愉しみ
カバー・アルバムの思い出

吹き抜ける乾いた風が夏の到来を感じさせる、そんな中学3年の或る日。
映画好きのクラスメイトが、私のボロ家に「ガッコが終わってから遊びに行ってもいいか?」と訊ねもせず、いきなりやって来た。
見れば小脇に「高柳楽器店」と印刷された薄っぺらい30センチ四方の紙袋を抱えている。
どうやら先日遊びに来たときに聴かせてやった『パピヨン』や『スティング』のサントラに感銘を受けて、こやつも映画のレコードに興味を持ったらしい。
彼の家にレコード・プレイヤーが在るのか無いのかさだかではないが、まぁ、私と同じ時間を共有したいというささやかな友情の表れでもあったのだろう。
とにかく、そいつは私と一緒に映画音楽を楽しみたかったのだ。
当時の私は、週末、ペンキ塗りの手伝いなどやってそこそこのお駄賃を頂戴し、そのすべてを映画とレコードに費やしている脳天気なガキ少年だった。月に2回ほど2〜3本立ての映画を観に行き、帰りにレコードを買って帰る。そんなカルチャアなライフスタイルを確立していた。中学3年になっても、受験勉強などという小賢しい真似をした記憶がない。勉強などせずとも成績は常に中の上くらいを保っていたし、将来に対しての欲もなかったから、自分を苛めるような行為は一切せず、毎日を快楽的かつ有意義に過ごしていた。
このライフスタイルは、今もほとんど変わらない。たぶん精神が成長しないタイプの人種なのだろう。
この夏の話題は何と言っても『タワーリング・インフェルノ』だった。
昨年の正月に颯爽と登場し男の子のハートを鷲掴みにしたブルース・リーは、2月公開の『ドラゴンへの道』で持ち弾すべてを撃ち尽くしてしまい、我ら健全なる中学生男子はふたたびマックィーン派とイーストウッド派に戻りつつあった。
なんと地上138階の超高層ビルが燃えるのである。ポール・ニューマン、スティーヴ・マックィーン、ウィリアム・ホールデン、フェイ・ダナウェイ、フレッド・アステア、スーザン・ブレークリー、リチャード・チェンバレン、ジェニファー・ジョーンズ、O・J・シンプソン、ロバート・ヴォーン、ロバート・ワグナー、スーザン・フランネリーの豪華共演である。製作はあの『ポセイドン・アドベンチャー』のアーウィン・アレン。上映2時間45分の超大作。マックィーンは消防士で大活躍なのである。
健全な中学生男子であれば、絶対に見逃せない映画だったのである。
クラスメイトは、紙袋を閉じてあるテープを用心深く丁寧に剥がしながら、言った。
「マックィーンのレコードだぜ」
クソッ……80パーセントの羨望の中に20パーセントの嫉妬が絡み合った複雑な感情が、私に汚い言葉を吐き出させた。
俺より先に買いやがって。
当時はレコードのリリース情報など皆無に等しく、もしあったとしても田舎町のことゆえ、発売日にレコードが店頭に出されるようなことは、歌謡曲以外、ありえなかった。情報源は「スクリーン」または「ロードショー」に掲載されたサントラ・コーナーと広告のみ。それらのどこにも、まだ『タワーリング・インフェルノ』のサントラ情報は載っていなかったはずだ。まさに寝耳に水とはこの事だ。
さらに付け加えれば、田舎町のことゆえ、一度に入荷されるサントラ盤は1枚限り、先に誰かに買われてしまえば、注文扱いとなる。どのような販売ルートなのか知らないが、注文してから1週間〜1ヶ月というアバウトな時間を延々待たされることになる。最悪の場合は「メーカーに在庫ありませんでした」という冷酷かつ残酷な返事がかえってくることも覚悟しなければならない。
クソッ……クラスメイトのウキウキした表情に腹を立てながらも、私は紙袋からレコードが取り出される瞬間に胸を躍らせていた。
あれ?
「高柳楽器店」の紙袋から出てきたレコードのジャケットには、確かにマックィーンの写真が印刷されていた。しかし……違う。これは『タワーリング・インフェルノ』ではない。ドイツ軍の軍服を着たマックィーンが納屋の影から軍用拳銃(ワルサー?)を構えている、あの有名なスチール……『大脱走』だ。
クラスメイトが眼を輝かせて自慢した。
「スゴいだろ、これ、『荒野の七人』も『大脱走』も『華麗なる賭け』も入っているんだぜ」
なるほど、他に「ジェームズ・ボンドのテーマ」や「モーニング・アフター」や「ゴッドファーザー愛のテーマ」も入っていますね。
帯には「決定盤!最新アクション映画大全集」(だったと思う)の表題がありますね。
演奏は「フィルムシンフォニック・オーケストラ」(だったと思う)と印刷されておりますね。
ギャハハハハ……と笑い出したくなるのを堪えていると、
「こんないっぱい入っていて、1500円だぞ。安いだろ〜、早く聴かせてくれよ〜」と追い打ちをかけてくるクラスメイト。丁寧に扱えよ、と視線を送りながら大事そうに手渡されたレコードを、ぞんざいにターンテーブルに載せ、プレイヤーのアームを下ろす私。
しばし針のスクラッチ・ノイズが聞こえ、そのあと流れてきたのは……『荒野の七人』にメロディは似ているけど、完全に別の音楽だった。
軽いメキシコ風のイントロ、続いてひたすら明るく楽しく、脳天気に演奏されるエルマー・バーンスティンのチャンチャカチャン……◯◯◯オーケストラとあるのに、どう聞いたって10人以下の編成にしか聞こえない。この曲からは、荒野を疾走するマックィーンも、大迫力のガン・ファイトも想像できない。脳裏に浮かんでくるイメージは、ビア・ホールで陽気に酔っぱらっているオヤジだ。
違う!……と彼も感じとったに違いない。眼の輝きが急速に暗くなってゆくのが哀れを誘う。
こんなレコードに限って、収録曲数はやたら多い。
それからの20〜30分は拷問のようだった。言葉を失った彼の傍で、映画雑誌をパラパラめくっていた私も辛かった。
さすがにB面もかけてくれとは言い出せなかったのだろう。彼は片面の演奏が終わると素早く立ち上がり、「じゃ、俺」と言葉少なに挨拶すると、灰色に染まった夕暮れの道を帰っていった。
二人は科目は別だが同じ高校に進学した。
時折顔を合わせたときには映画の話などすることもあったが、中学の時と同じような付き合いではなくなっていた。
彼は大人しく真面目なタイプ。一方こちらはいろいろあって、高校3年間に謹慎処分4回……みたいなタイプに育っていた。
彼が私のボロ家に遊びに来たのは、あの夏の日が最後だったように思う。
高校を卒業した私は、勉学を疎かにしていたバチが当たって、上京する羽目になった。 中学・高校時代に買い集めてきたレコードや映画雑誌は、引っ越しが落ち着いてから送ってもらえるように、段ボールの箱に詰めておくことにした。
そのとき、普段は絶対にレコードを置かない場所から、「高柳楽器店」の紙袋が出てきた。手に持った感触から、中にレコードが入っているのが分かる。
なんだろうと思いながら、袋の折り返しを開こうとした私の手が、急に止まった。
袋を閉じてあったテープが丁寧に剥がされていて、接着部分が破けている痕跡はない。
その瞬間、私は中のレコードが何か、分かった。

サイト内の関連ページ ≫ 第3種接近遭遇


soe006; E-mail address; soe006@hotmail.com