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映画音楽作曲家

オムニバス・アルバムの愉しみ
第3種接近遭遇

第1種接近遭遇……店頭で見かける

1970年代の初め、日本ではオーディオが一般家庭に急速に普及しつつあった。テクニクス、オーレックス、ダイヤトーン、オットーなど家電会社は相次いでオーディオ部門を商標登録し、これにソニー、ビクター、コロムビアなどレコード会社を擁立する老舗も意地を見せて百花繚乱。ちょうどカラーテレビの販売が飽和状態になった時期で、次のターゲットとして電器業界はオーディオを選んだのだろう。
「音楽のない生活なんて考えられない」なんて阿呆なことを口走る馬鹿者若者も、この時期に誕生している。
そのころレコード会社が競って発売したのが、「映画音楽大全集」なる企画セット。サントラを主体にしたもの(Seven Seas/UA音源のキング)もあれば、正体不明の国内オーケストラによる演奏盤(テイチクとかポリドールとか)もあった。決まって収録されているのが、『風と共に去りぬ』、『エデンの東』、『太陽がいっぱい』など往年の名作と、最新の話題作(別項にリストアップしている「永遠の映画音楽名曲ベスト」のような内容)。
サントラ音源のものはさておき、正体不明国内オーケストラの演奏には、とんでもないものが多かった。
これは仕方ないことだと思う。
映画音楽は長い間、ポップス(ムード音楽、イージーリスニング、軽音楽)として扱われてきた。50〜60年代、我が国の洋楽ヒット・チャートを調べてみれば、チャートの第1位を約1年間も維持したヴィクター・ヤング楽団の『エデンの東』を筆頭に、数多くの映画音楽がランクインしていることに驚く。その大半がサントラ音源ではなく、流行歌手によるカバー盤(またはレコード用に編曲録音されたもの)である。映画のフィルムの端に記録されている音楽(サウンドトラック)とは別の演奏、別の録音なのである。
つまり、曲の著作権者から使用承諾さえ得ていれば、それが実際に映画用に録音されたサウンドトラックとは似ても似つかない演奏であっても、映画音楽として認知されていたのである。
「魅惑のポップス」の時間です。今日は映画音楽を特集してお送りします。まず最初はアンディ・ウイリアムスの唄で「ゴッドファーザー愛のテーマ」、次にカラベリときらめくストリングスの演奏で「第3の男」、そして映画『風と共に去りぬ』からミレイユ・マチューの唄で「タラのテーマ」。3曲続けてどうぞ……いやぁどれも名曲揃いですねぇ。こうして聴いていると映画の名場面が目の前に浮かんできそうです。映画音楽って素晴らしいですねぇ。
アホか……『ゴッドファーザー』をスミからスミまで3回見直したって、何処にもアンディ・ウイリアムスの唄なんか聞こえてこねえぞ。トランペットがスキップしてるような『第3の男』って、そんなのアリかよ。ミレイユ・マチューが歌う「タラのテーマ」っていったい……(それはそれで聴きたいかも)……映画の名場面が目の前に浮かんできそうです。(<手前ぇ、大嘘こいてんじゃねえよ)
では、後半の3曲です。レイコニフ・シンガーズで「酒とバラの日々」、101ストリングスの演奏で映画『追憶』から「愛のテーマ」、最後は尾崎紀世彦さんのライブ・ステージから「黒いジャガーのテーマ」……ぱちん(ラジオのスイッチを切る)。
多感な十代前半に、こんなんばっか聴かされた日にゃ、カバー演奏を莫迦にしてもよござんしょう?
不思議なことに、こうしたカバー演奏のCDが、現在もショップの棚に並んでいるのである。誰が買っているのか、不幸にしてそれらのCDをお買い求めになっている方を店頭でお見掛けしたことはないが、売られているってことは……誰か買っているんだろうな。

第2種接近遭遇……手に取って収録曲目を調べてみる

1990年代前半、エンニオ・モリコーネにのめり込んでいた時期がある。
モリコーネは 60年代後半にマカロニ・ウエスタンで人気を呼び(第1期ブーム)、90年代前半にシブヤ系と呼ばれるカルトな馬鹿者若者集団によってラウンジ・ミュージックの大家として人気を集めていた(第2期ブーム)。
そんなブームとは無関係に、モリコーネのCDが本国イタリアを始め、アメリカ、ドイツからゾクゾクとリリースされ始めた。我が国でもRCAは旧作をCD復刻し、SLCもマニア以外は誰も知らなかった未公開作品を矢継ぎ早にリリース。CDショップの棚一列全部が、瞬く間にモリコーネのコーナーとなってしまった。
懐古的興味で買った『赤いテント』や『ウエスタン』がきっかけで、ボチボチ買い集めようかと考えていた俺は、その膨大な量のモリコーネ作品(担当作品が 300〜400本くらいあると言われている)を前にして、ただ呆然と立ち竦むのみ……これらをみんな買っていては、生活できなくなるぞ。
CDを選ぼうにも、モリコーネは未公開作品がべらぼうに多く、その未公開作品のなかに珠玉のメロディが多い。作品名は(輸入盤だから)イタリア語で表記されている。買うべきか買わざるべきか判断できる情報・材料が極端に少ない。こうなったら駄菓子屋のクジ引きと同じだ……勘に頼るしかない。
と、そんな悲壮な覚悟をしていたときに、SLCがリリースしてくれたのが『ルーブル美術館』、『イデアット、スクリット&デレット』、『カラー』の3枚のコンピレーション盤と、エッダ・デ・オルソとのコラボレーション・カバー盤『オーケストラ&ボイス』だった。
そうか、その手があったか。
モリコーネのコンピレーションも各レーベルから数多くリリースされている。まずそれを買って、気に入った曲が収録されている作品から、オリジナルを揃えていけばいい。
うん、これは合理的だ。
(観てもいない、これから観る機会もない、存在すらも知らない未知の映画のサントラに、このような熱の入れようは異常である。初心者は危険だから真似しないでください。但し、親がスゲェ財産家で広大な土地を相続できる方とか、麻薬密輸と人身売買であぶく銭を稼いでいる香港マフィアの方は、臆せずドンドンのめり込んでいってください)
……ってなことで、これまで見向きもしなかったCDショップのコンピレーション・コーナーを覗いてみたわけだ。
そこで俺は、或るCDジャケットのデザインを見て、心の奥底に潜んでいたオゾマシイ気分を再び蘇らせることになる。
なんじゃ、こりゃあ!
イラストである。ティラノザウルスとおぼしき、下手くそな恐竜のイラストが描かれたジャケット・デザインなのである。アルバム・タイトルは『JURASSIC PARK』。サブタイトルとして、その下に小さく「THE CLASSIC JOHN WILLIAMS」とある。ふむふむ、ジョン・ウイリアムスの作品集なわけね。
まだ、こんなもんが売られていたのか。見るからにパチもんじゃねえか。こんな安っぽいジャケット・デザインのCD、買う奴ァいねえよ。
裏を見る。演奏は William Motzing指揮の The City Of Prague Philharmonic。
ほらね、こいつぁカバー演奏のパチもんだよ。
収録曲目を見る。
『ジュラシック・パーク』に始まって、『ジョーズ』、『レイダース』、『E.T.』とヒット・ナンバーが続く……どうせチャチなオーケストラで貧相な演奏やってんだろな……『推定無罪』、『未知との遭遇』、『太陽の帝国』、『偶然の旅行者』……ふ〜ん、地味な作品やってるじゃん……『ジェダイの復讐』、『JFK』、『スーパーマン』、『ブラック・サンデー』、『スター・ウォーズ』……ん?……『ブラック・サンデー』?……あの、封切り直前に劇場が脅迫されて急遽公開中止になった(俺、招待試写会で観てるんだよ、劇場の大画面で……ちょっと自慢?)、あのジョン・フランケンハイマーの最高傑作であるところの『ブラック・サンデー』が収録されておるのか!……しっ、しかも13分54秒の組曲だっ!
俺は、ショップに立ち寄った本来の目的を忘れて、レジへと走った。
けっ、こんなCD、買う奴ァいねえよ、と僅か2分前に思っていたことさえ忘れて、レジで金を払っていた。

第3種接近遭遇……買って部屋で聴く

帰宅した俺は、このCDがSilva Screenレーベルからリリースされていたことに、ここで初めて気がついた。Silva Screenといえば……ゴールドスミスである。
そうなのだ、Silva Screenは世の中がLPからCDへと移行し始めた時期に、いち早く『パピヨン』、『エイリアン』、『オーメン2 ダミアン』などのジェリー・ゴールドスミス作品をCD復刻してくれた、英国の偉〜いレーベルなのである。アメリカのVareseと並ぶ愛好家注目のサントラ専門レーベルであったのだ。
これはカバー演奏とはいえ、疎かに聴き捨てならんぞ。
俺は襟を正してスピーカーの前に正座した。
出来なかった。
Tシャツ1枚だったので、襟がなかったのだ。
速攻でポロシャツに着替え、襟を正してスピーカーの前に正座した。
……悪くはなかった。とてつもなくヘンテコな編曲はされていない。ジョン・カカバスがアレンジメントした『ジョーズ』組曲以外はどれもサントラ(またはウイリアムス自身がコンサート用に編曲したヴァージョン)に極めて近い演奏だった。オリジナルを知らないで聴かされたら(『偶然の旅行者』とか)サントラと偽っていても騙されたかも知れない。
残念ながらウイリアムス作品は、どれもこれも耳タコなくらいオリジナルに馴染んでしまっている。どうしても比較してしまう。
実際、シティ・オブ・プラハ・フィルハーモニックの演奏は、ロンドン・シンフォニーやボストン・ポップスには五十歩及ばなかった。
でも、悪くない。
『推定無罪』のシンフォニック・ヴァージョンなど(シンセ・サウンドが苦手な俺は)オリジナルよりもこちらの方が好きなくらいだ。
目当ての『ブラック・サンデー』組曲も良かった。これが聴けて、また少しジョン・ウイリアムスを見直した。この頃(『スター・ウォーズ』前後)のウイリアムスはまだマンネリ化しておらず、題材によって様々な試みを開拓していた。そんなことを思い出させるくらい、この演奏は良かった。
ゲリラのアジトを急襲するロバート・ショーの特殊部隊。着々と爆弾の準備を進めるブルース・ダーンとエルケ・ソマー。スタジアムの警備につく警官隊。刻一刻と迫る飛行船。それを追うロバート・ショーのヘリコプター……映画の名場面が、次々と目の前に浮かんでくる。
これは、今まで俺が認識していたカバー・アルバムとは、一味も二味も違う。
作曲者自身が関与していないカバー録音にも、けっこういいのがあるじゃないか。
カバー・アルバムに対する認識が、コペルニクス的に転換した瞬間であった。
それに、オリジナルが正式にリリースされていない映画音楽も、このようなカタチで聴けるのであれば、カバー演奏盤、大いにけっこうじゃないか。もっとどんどんやってくれ……いや、まてよ、俺が知らなかっただけで、こうした未リリースの新録音って他にも作られているんじゃないか?
これはひとつ調べてみようじゃないか、探してみようじゃないか、聴いてみようじゃないか……ってなことで、俺のカバー・コンピ盤探索の旅は始まったのであった。

The Classic John Williams
俺をカバー・コンピ盤の世界へと導いてくれた偉い奴。
こんな安っぽいジャケット、普通の愛好家はひいてしまうよ。
JURASSIC PARK The Classic John Williams
Silva Screen FILMCD147 (1993)
City Of Prague Philharmonic Orchestra
Conducted by William Motzing
01 - ジュラシック・パーク - Main Theme (3:28)
02 - ジョーズ - Suite (Main Title/Chrissie's Death/Out to Sea/End Title) (6:47)
03 - レイダース 失われた聖櫃 - The Raiders March (5:11)
04 - E.T. - The Departure (6:50)
05 - 推定無罪 - End Credits (4:09)
06 - 未知との遭遇 - Resolution and Finale (6:22)
07 - 太陽の帝国 - Jim's Activities (2:47)
08 - 偶然の旅行者 - Main Title (2:47)
09 - スター・ウォーズ ジェダイの復讐 - Parade of the Ewoks (3:35)
10 - JFK - Main Title (4:47)
11 - スーパーマン - Main Theme (4:39)
12 - ブラック・サンデー - Suite (Preparation/The Blimp and the Bomb/Air Chase/The Explosion/End Cast) (13:54)
13 - スター・ウォーズ - Main Theme (5:42)


soe006; E-mail address; soe006@hotmail.com