忠臣蔵

忠臣蔵 天の巻・地の巻

日活/102分 (公開:1938年3月)

劇映画としての最初の忠臣蔵映画は、横田商会製作、尾上松之助の主演の『忠臣蔵』(1910年=明治43年)。監督は日本映画の父と呼ばれている牧野省三。
その牧野省三の10周忌を記念して、息子のマキノ正博と、同じく牧野組出身の池田富保が監督したのが、本作『忠臣蔵 天の巻・地の巻』(日活京都)。
2部構成の大作であります。
とは言え、なにぶん戦前のチャンバラ映画。忠君を賛美し復讐をテーマとしているため、進駐軍が黙って見過ごす筈もなく、なにがあったかは知らねども、ズタズタに切り刻まれ、現在観ることができるのは1時間42分のカット版のみ。
(初公開時は19巻(約3時間)だったそうです)

片岡千恵蔵(浅野内匠頭/立花左近)、嵐寛寿郎(脇坂淡路守/清水一角)、阪東妻三郎(大石内蔵之助)、月形龍之介(原惣右衛門/小林平八郎)、尾上菊太郎(浅野大学/萱野三平)、沢村国太郎(片岡源五右衛門/服部市郎右衛門)などなど、マキノ組出身の大スターが総出演。バンツマ以外のスターの皆さんは、殆ど二役でキャスティングされています。
最初の忠臣蔵映画でも、尾上松之助は、浅野内匠頭、大石内蔵助、清水一角の3役を演じていたそうで、当時はそんなの、珍しいことではなかったのでしょう。
帝キネ製作の『実録忠臣蔵』(1923)なんか、嵐笑三が1人8役をこなしているそうです。

半分近くの尺がカットされている残骸みたいなフィルムですが、さすが戦前の活動大写真、エキストラの躍動感がぜんぜん違います。
畳替えの場面のスケール感は、テレビっぽい動きに馴れた今のエキストラには出せないでしょう。<エキストラに動きを付けるのは、助監督の仕事!
カットのせいでエピソードが半端に跳んでしまっている前編に比べ、後編は割とまとまっています。
大石内蔵助と日野家用人・立花左近が対決する東下りの場面が、やはり、良いです。千恵蔵とバンツマのアップを(まったく同じ長さのカット数で)積み重ね、両雄の腹芸が堪能できます。巧い!
このエピソードは、牧野省三が歌舞伎の「勧進帳」からアイディアを得て創作したオリジナルで、本作以降の忠臣蔵で似たような場面があったら、それは牧野省三のパクリであります。
映画では、白紙の書状を渡す際に「勧進帳」と「弁慶」の浄瑠璃をバックに流していて、元ネタを隠すなどという姑息なことはまったく考えていません。
粋というか、じつに大人の演出だと思いますです。

天の巻(前編)がマキノ正博、地の巻(後編)が池田富保とクレジットされていますが、画面を見る限りにおいては逆だと思います。
でも、畳替えのシーン(集団描写のダイナミズム)なんかは、実にマキノっぽいんだよな〜。
ほんとはどっちだ?(この真偽は諸説あり)

忠臣蔵 花の巻・雪の巻

松竹/233分 (公開:1954年10月)

松竹の創設者・大谷竹次郎が自ら陣頭指揮をとって作られた超大作。戦後最初の「忠臣蔵」映画。
「忠臣蔵」には、大物映画人をヤル気にさせる、なにかがあるのかも知れませぬ。
脚本は、娯楽小説の金字塔「次郎長三国志」の村上元三と、溝口作品でお馴染みの依田義賢が共同執筆、監督はベテラン・大曾根辰夫。

奇を衒わず、ごく真っ当な、普通の「忠臣蔵」。
「事前に金子を贈っては賄賂になる、事が終わった後で御礼として渡せばよかろう」
浅野内匠頭(高田浩吉)の潔癖性が、彼と家臣たちの運命を変える。
吉良上野介(滝沢修)に「なんたる田舎侍、礼儀を知らんヤツ」と罵られ、苛められ、ついに松の廊下で刃傷沙汰の騒動となります。
ちょっと変わっているのは、装束違いで罵られるのが勅使接待の前日の出来事とされていたこと。それに、「おのれ吉良上野介ッ!」と斬りかかるとき、まず背中を、次に眉間に小太刀を浴びせる(普通は逆)。……なんだか、老人を背後から斬りつけるのって、卑怯な感じもしますね。

赤穂城明け渡しの評定に、かなり時間が費やされていて、その間、謀反を警戒して派遣された軍勢が赤穂の領地を包囲するという、エキストラ使い放題のスペクタクル場面も用意されています。
大石内蔵助(松本幸四郎=白鸚)が、城内の庭で書類を燃やす場面は、進駐軍占領のイメージがダブらせてあるんでしょうね。
東下りのエピソードはなく、内蔵助たちはスンナリと江戸入り。

オリジナルのストーリーで突出しているのは、浪々の生活苦のなかで病に倒れ、討ち入りに加わることが叶わなかった毛利小平太(鶴田浩二)のエピソード。血を吐き泥水の中に倒れたときの荒んだ表情が素晴らしい。
小平太の女房・しの(桂木洋子)が自害する場面も、シルエットとモノローグの使い方が適切で良好です。

内蔵助が阿久理(月丘夢路)に暇乞いにやってくる、「元禄忠臣蔵」でいうところの、いわゆる「南部坂雪の別れ」は肩すかし。
「これより亡き殿様のご無念を晴らしにいってまいります」と告げるだけ。女間者・お梅も、それを取り抑える戸田の局も出てこない。(つまんね〜の)
義士が待ち合わせ火事装束に着替えるのは、蕎麦屋ではなく、堀部安兵衛(近衛十四郎)の道場。(つまんね〜の<……でも、史実に忠実)
但し、堀部親子が家族と別れる場面は、弥兵衛(薄田研二)が粋な演技を見せていて好感が残りました。

討ち入り場面は、移動キャメラと立ち回りの段取りがピッタリと息が合って、かなりの迫力。このシークェンスはアクション場面のお手本と言っていいでしょう。
見事な立ち回りを見せる安兵衛役の近衛十四郎の表情が、「人を斬り殺している」感じが濃厚に出ていて、素晴らしいです。

ラストシーンは高輪泉岳寺。
主君の墓石に仇討ちの首尾を報告した内蔵助は、雪解けの泥水に両手をついて、部下の義士たちに礼を述べ、(雪解けで汚れた)地面に突っ伏してしまう。
先の毛利小平太(鶴田浩二)もそうだけど、この映画、スター俳優をけっこう汚してみせます。

大忠臣蔵

松竹/155分 (公開:1957年8月)

戦後初の「忠臣蔵」(54)を製作した松竹が、総天然色、ワイドスクリーン(グランドスコープ)で再び「忠臣蔵」に取り組んだ超大作。
松竹社長の城戸四郎が製作を指揮し、脚本は黒澤組の井手雅人、監督は前回と同じ大曾根辰夫。

今回は浄瑠璃義太夫節「仮名手本忠臣蔵」をテキストにしていて、映画はいきなり「三段目=松の間」から始まります。
最近の映画やテレビドラマではあまり描かれなくなった、加古川本蔵のエピソード「二段目=桃井館」、「三段目=進物」、そして「八段目=道行旅路の花嫁」や、お軽勘平のエピソード「三段目=裏門」〜「五段目=山崎街道」〜「六段目=勘平切腹」〜「七段目=一力茶屋」がこの映画のメイン・ストーリーとなっています。
「七段目=一力茶屋」などはセットまでもが歌舞伎と同じ作り。
斧定九郎(香川良介)を撃ち殺し、舅殺しの仇討ちを果たしていた早野勘平(高田浩吉)が、観客が知っている事の真相に気付かず破滅してしまう「六段目」、密書を見てしまったお軽(高千穂ひづる)を、兄である自分の手で殺して、内蔵助(市川猿之助)に忠義を証明せんとする寺岡平右衛門(近衛十四郎)の「七段目」、過去の過ちを自ら命を絶って精算する加古川本蔵(坂東簑助)の「八段目」は、元が良くできているから、何度見ても素晴らしい。いつ見ても新鮮。見るたびに発見もあって、「仮名手本」はホント勉強になります。

「十段目=天河屋」はカット。これは卓見。<あまり面白いエピソードとは思えないもの。

牧野省三が考案した「東下り」の場面は、こ、これは、なんとしたことか……
場面は箱根の関所。
禁裏御用の任務と偽っている内蔵助一行に、関守の橘左近(松本幸四郎=白鸚)が、通行手形の提示を求める。当然、そんなものはない。では、禁裏御用の目録を見せろと言う。内蔵助が不承不承に差し出した一巻の巻物(白紙)を見て、橘左近は「うむむ……」と唸り、一行の正体に気付く。……そうです、元ネタの「勧進帳」をそっくりそのまま持ってきている!
うむむ……、これは、なんとしたことか……

狂犬のような仇役として描かれることもある清水一角(大木実)も、今回はちょいとイイ役になっていて、吉良邸を探索していた赤穂の浪士を見逃してやったり、討ち入りの際には絶命の間際に上野介が逃走した抜け道の場所を教えてやったり……こんな親切な清水一角は初めて見ました。

サラリーマン忠臣蔵 正・続

東宝/100分/110分 (公開:1960年12月/1961年2月)

サラリーマンであ〜る。
忠臣蔵であ〜る。
いや、中身は忠臣蔵のパロディだし、トーンもいつもの『サラリーマン』シリーズと変わらないんですけどね……「忠臣蔵」だから、当然オールスター・キャストなのであ〜る。

当時の東宝スター勢揃い! 浅野卓巳役の池部良はじめ、三船敏郎、宝田明、志村喬、柳家金語楼など、異種格闘技を思わせるグチャグチャに豪華なキャスティング。
仇役吉良剛之介は東野英治郎。この人、晩年の水戸黄門でいいひとに転身しちゃったけど、全盛期は悪役ばっかりだったのよ。『七人の侍』の野武士の首領とかね。ホント、憎々しげに演じていて素晴らしい。
あと、堀部安子役(ニックネームは安兵衛)の中島そのみが、粋がよくってグッドでした〜。

脚本は『サラリーマン』シリーズ、『サザエさん』シリーズ、『ジャンケン娘』シリーズなどなど、東宝プログラム・ピクチャアは何本書いているのか数えるのも面倒なベテラン笠原良三。
「忠臣蔵」のエピソードを如何に盛り込んでいるのかが、興味の中心。
正編(森繁が会社を辞めるまで)はテンポもよく、面白い。終盤で披露される有島一郎の<絶妙な>下手クソな唄は、三年後も思い出し笑いできる可笑しさ。この1曲を聴くだけでも見る価値あり。
乗っ取られた会社の株を買い戻し、吉良を追い出して死んだ前社長の無念を晴らす続編は、先が読めているだけに、無理が目立ちます。
逆転のキーパーソンとなる天野義平(左ト全)など、「天野義平は男でござぁ〜る」って一言の為だけに用意されている。面白くも可笑しくもない。
クライマックス、「山」と「川」の合い言葉で株式総会を制する作戦が、うまくない、パッとしない、面白くない。
草笛光子が小林桂樹に預けていた委任状が、伝家の宝刀として出てくるのは分かっているのだから、まわりくどいだけであ〜る。

音楽は神津善行。
義太夫にリズムを乗せてビッグバンド・ジャズ化させたメイン・タイトルが、なかなか面白かった。

情報、求む!『ジャズ忠臣蔵』 1937年・日活製作、監督・伊賀山正徳。
ディック・ミネが出演しています。いったいどんな「忠臣蔵」なのか、興味津々。

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